架空音声合成ソフトの声優家族、振り込め詐欺被害に

架空声優の藤田口关(ふじたこうしょう)さんのご家族が、振り込め詐欺被害にあったそうです。

藤田口关さんは架空音声合成ソフト「ネ刃音ミクDEYO(ねはねみくデヨー)」の中の人として有名な方ですが、今回犯人は「ネ刃音ミクDEYO」で作成した合成音声を使って家族を騙し通したそうです。幸い犯人グループはすぐ逮捕され、被害額も全額取り戻すことが出来ました。
逮捕された犯人グループの供述によると、あらかじめ個人情報を搾取する不正アプリを「電池長持ち」等と偽って配布し、その不正アプリ被害者の一人であった藤田口关さんのスマートフォンから電話帳・通話履歴・通話音声(短時間)・メールデータ・スケジュール情報等を盗み出したそうです。盗み出した情報から藤田口关さんが有名声優である事を特定し、あらかじめ「ネ刃音ミクDEYO」で特定の会話音声を作成して藤田口关さんの家族に電話をしたとの事。犯行タイミングも藤田口关さんがスマートフォンを使わないタイミングを調査の上狙いすましたという。


「先輩声優が重度の難病にかかり、すぐ治療しないとあと2週間持つかどうかも怪しいらしい。海外の治療しか方法は無いが保険がきかないのでとても高額だ。今先輩の家族や声優仲間で金策に走っていて、有難い事にファンからのカンパも集まってるらしい。でもまだ目標額には届かない状態。必ず返すので今余裕のある分だけでも貸してくれないか。カンパ口座教えるのでそこに振り込んで欲しい、振込額は後で私が働いて返すから」という嘘のシナリオで相談し、想定パターンにない状況では嗚咽や「どうしよう」等の台詞で時間稼ぎをし、その間に新たな合成音声をリアルタイム作成していたそうだ。
先輩声優の病気やファンからのカンパの信憑性を上げる為、電話の後に先輩声優所属事務所の偽サイトアドレス書かれたSMSを藤田口关さんのスマホから不正アプリが送りつけ、架空のニュースリリースやカンパページに誘導までする徹底ぶりだったらしい。デフォルト設定で「URL入りのSMSを迷惑メール扱いする」事業者もあるが、ご家族の携帯電話はデフォルト設定がそうなっていない携帯電話会社のものと電話帳のメールアドレスから特定され、またご家族も設定の事を知らずデフォルト設定のままだったようだ。


ご家族の携帯電話に通知された電話番号は、藤田口关さんの携帯電話と見かけ上同じ番号が表示されていた。大手通話アプリ「LINI三(えるあいえぬあいさん)」(以下『通話アプリL』とする)の電話機能*1を悪用し、『通話アプリL』登録時に藤田口关さんのスマホで認証SMSを受け取り、不正アプリがそのSMS内容を犯人に転送&隠蔽して『通話アプリL』の登録を完了していた。この為犯人が『通話アプリL』からご家族の携帯電話へ発信する際、藤田口关さんの携帯電話からの着信の様に表示されてしまったのだ。なお藤田口关さんは『通話アプリL』を使っていない為、開発会社が言うような「不正される可能性は極めて低い! それに本人が気付きますから!(キリッ)」という主張は空回りに終わったようだ。


藤田口关さんのご家族は「いつもウチの子が『あの先輩が私の目標。私はまだまだだけど、これからも同じ業界のライバルとして認められるよう頑張っていきたい』とよく話していて、大事な先輩だという話を聞かされていた。先輩もウチの子を妹分のように可愛がってくれていて、何度か対面した事もある。その先輩が難病にかかったらウチの子は取り乱して当然だと疑問に思わずお金を振り込んでしまった。ウチの子の個人口座宛なら把握しているので騙されなかったかもしれないが、別名義の口座だったので疑問に思えなかった」とコメントしている。


バーチャルセキュリティ専門家の高木喬(こうききょう)さんにこの件で取材をしたところ

  • 公式マーケットの審査も不正アプリを排除しきれていない。スマホアプリの権限確認が周知されておらず、何より大手アプリが本来不必要な権限まで過剰に要求している為「こういう権限を要求するアプリは入れない」というのが難しい現状。単なる広告の為だけに必要以上の権限やプライバシー情報を収集しているのも横行しており問題だ。広告の為だけならUUID以上を要求すべきでない。
  • 「電池長持ち」アプリ等は通信キャリアが広告を流していたりする為たちが悪い。類似品と正規品の違いも分かり辛い。省電力設定はOSやキャリアのプリインアプリだけで完結させて追加インストールさせない風潮が望ましいだろう。
  • 『通話アプリL』が認証時の番号と同じ番号のスマホ上でしか通知しない制限があれば問題は少なかったかもしれないが、そんな制限は設けられていない。これは設計ミスではないか。050番号を使いたくないからといってこの実装は妥当と思えない。
  • 『通話アプリL』の電話発信機能より以前にも、海外のコールバックサービスが問題になる事例が何件か報告されていたようだ。現在は一部の携帯電話会社だけが「非通知/通知不可能」となっているが、将来的に他社も追随してくる可能性もある。『通話アプリL』が何もせず現状維持であれば、いずれ『通話アプリL』からの発信は全て「非通知/通知不可能」となり、ユーザーイメージも低下してしまうだろう。皆他の050利用サービスに移行していくかもしれない。
  • 音声合成ソフトは将来的に「本人から若干の音声を録音」しただけで本人音声をほぼ全て再現出来るようになるだろう。今回は架空音声合成ソフト「ネ刃音ミクDEYO」の声優が狙われた訳だが、単なる一般人でも会話を録音される事で同じ被害に遭う可能性がありえる。今後は家族かどうかを判断するには「声が同じか」ではなく家族同士を認証するやりとり*2で判断していくべきだろう。ソフトの進化を待たずとも、詐欺師は「人力VOCALOID」技術*3や高度なモノマネ技術を使って詐欺を実行可能だ。


等のコメントを頂いた。
なお取材時には額に「喬」と書かれた紙を貼っており、ハマチの照り焼きをハンガーに吊るして石斧を延々投げつけていて何だか怖かった*4。バーチャルセキュリティの専門家よりセキュリティの専門家に取材した方が良かったかもしれない。
幸い同様の事件は筆者の夢の中でしか聞いた事がないので、現実でこんなニュースを耳にしない事を願いたい。

*1:IP電話ベース+αで廉価に電話をかけるサービス。『通話アプリL』から通常の電話回線にかけれるのが売りであるが、『通話アプリL』が利用スマホと同じ電話番号を本来使えないところを、『認証済み電話番号と同じ番号』で着信通知する仕組みをもっている。しかしシンプルに言うとただの番号偽装であるので、安全寄りに設定している回線業者ではこれを正当な番号通知とは見做さない。

*2:参考『振り込め詐欺対策として、本人認証を導入しましょう(Gmail風)』 http://d.hatena.ne.jp/pochi-p/20121230#p1

*3:「人力VOCALOID」詐欺の一例。 http://www.nicovideo.jp/watch/sm212890 D 被害者の精神的ダメージが心配だ。

*4:「架空の高橋さん」の正体に関する考察→ http://b.hatena.ne.jp/pochi-p/20140314#bookmark-186229066